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    In Lak'echi 全曲解説

     

    2016年、14枚目のフルアルバム「In Lak'echi」がリリースされた。

    「今回のアルバムは前回のHug yourselfみたいな横綱がいないし、シングル曲のない駄作かも?」

    オレはプロデューサー兼アレンジャーのリュウスケに言った。

    「なに言ってんすか、14枚目にして全曲シングルの前人未到のアルバムすっよ!

    ひとつひとつ楽曲の力が強すぎて、

    今までみたいなフルアレンジをするとオーバーデコレーション(装飾過多)になってしまう。

    孤高の一曲一曲を生かすためにはいちばんシンプルなアコースティック・アルバムに立ち返るしかありません」

    ということで、苦労して録音したコーラスもは派手やかな楽器もぜんぶ捨て、

    裸で崖っぷちに立つ、はじめてのアコースティック・アルバムとなった。

    ここにあるのは極限まで削りこまれた詩と歌しかない。

    そこまで自分を追いつめるリュウスケとオレのコアしかない「のどもとナイフ」の最新アルバムなのだ。

    しかもデザインは写真名言集「Will」を手がけた天才カメラマンたなかしのである。

    通常8ページの歌詞カードが倍の16ページ!

    音楽アルバム+写真集というゴージャスさだ。

    ジャケットは沖縄石垣島の御嶽(うたき=聖地)で撮影された。

    鳥取砂丘の8、9、新潟の11以外はすべて沖縄ロケなので、

    琉球の精霊たちが奇跡の瞬間を切り取る撮影に協力してくれた。

    背景をじっと見つめていると御嶽や雲や木々にキジムナーやアカマタ、

    クロマタなどが顔をのぞかせている(^_-)

     

    ――― 歌詞ページはこちら ―――

     

  • 1.Pay it forward

    自伝「ケチャップ」に描かれているように1980年代ニューヨークでオレはヘロイン中毒におちいり、

    ハワイへ逃げ、健康をとりもどしてふたたびニューヨークにもどってくる。

    ヒッチハイクの旅の途中でたまたまクリスマスの夜アトランタに到着する。

    グレイハウンド・バスディーポでニューヨーク行きのチケットを買うともう25セント(30円)くらいしか残ってない。

    これじゃハンバーガーもサンドイッチも買えないし、買えるのは豚のひき肉の入ったメキシカン・チリビーンズの小さな缶詰くらいのもんだ。

    アメリカの高級ホテルでは市内観光のための馬車が用意されており、その御者も忙しいクリスマスの仕事を終えたところだった。

    見るからにホームレスみたいなオレがデリ(食料品店)の場所を聞くと、「乗せてってやる」と言う。

    「い、いや、オレ金もってません」

    「あっはっは、おまえさんのかっこ見りゃわかるよ。今日はクリスマスのチップもたっぷりはいったんで、なにか神様に恩返しをしたいんだ」

    彼はわざわざ遠回りをしてイルミネーションに彩られた公園や橋をまわってデリまで連れてってくれた。

    帰りの馬車のなかでオレはポーク&ビーンズをほおばりながら王様気分だ。

    馬車を降り、男がくれたクリスマスカードのなかには20ドルがはいっていた。

    ニューヨークからお金を送り返す住所を聞くと男は腰を抜かすようなことを言った。

    「そのお金は僕にではなく、君より貧しい人に返してやってくれないか。

    みんながそれをつづけたら世界が変わるだろう」

    これが恩返しではなく恩送り(Pay it forward)だ。

    自分が受けた恩をその人でなく、次の人に返していく。

    現代では死語の「恩送り」という言葉は、江戸時代には日常的に使われていた。

    恩送りは世界を変え、あなたをもっとも幸せな人生に導く方法かもしれない。

     

    2.Bloom

    人生が思い通りにいかないのは誰もが知っている事だろう。

    むしろ我々は思い通りにいかない人生を体験するためにこのようにやってきたのだから。

    そこで人は2つの選択をする。

    不平不満をたれ流して一生を終える人と、そこでできる精一杯のことをする人だ。

    人生というのはあなたの小賢しい自意識でコントロールできるようなものではない。

    その後には大きな導きが隠されており、あなたの予想をはるかに超えたシナリオが描かれていることを知りなさい。

    自分で望んでいない環境も運命も、試練や不幸でさえもあなたに大輪の花を咲かせる大切な肥料なのだから。

  • 3.アイヌ ネノアン アイヌ

    アイヌ(人間)ネノアン(のような、らしい)アイヌ(人間)とはどういう人間なんだろう?

    アイヌをはじめ世界中の先住民に共通するのは共存の思想である。

    自分だけの利益を追い求めず、他者を敬い、弱い者をいたわり、異者を受け入れ、動植物を愛する。

    権力にこびず、家族や仲間を守り、自分自身の信じる道を歩む者、それが彼らの信じる人間らしい人間である。

    現代人は人を蹴落としても自分の利益だけを追い求め、他者から搾取し、弱者を見下し、異者を排斥し、自然を支配し破壊する。

    権力にこびへつらい、他人の目におびえ、家族や仲間といさかい、他人の人生を生きさせられている。

    それが美しい生き方だろうか?

    子供たちはあなたの背中を見て育つ。

    あなたの生き方が未来を作る子供たちの手本となり、心の財産となるのだ。

    時代は大きなターニングポイントを回り、そのことに気づきはじめた人たちがどんどん増えている。

    社会の価値基準を捨て、他者や弱者への思いやりに満ち、自分を大切にする生き方を選ぶ人たちが地球をおおう日がくるだろう。

    「人間らしい人間」というアイヌ民族の言葉は、一番大切なものを思い出させてくれる叡智だ。

     

    4.Nobody can replace you

    「Hello my mom!」が子から母へのアンサーソングなら、これは母から子へのメッセージである。

    神話学の大家ジョセフ・キャンベルは言った。

    「英雄とは自分の命を投げ出して、他者の命を生かす者である。

    ならば命がけで命を生み出す母親こそが真の英雄ではないか」

    あなたは母親の命と引きかえに生を授かったのだ。

    もちろん生みの母としては完璧でも、育ての母は未熟だ。

    過保護すぎたり、虐待してしまったり、離婚や子を捨てることもあるだろう。

    それでも母親の愛は無条件の愛でなのである。

    子供にとっても母は世界であり、永遠のガーディアン(守護者)だ。

    我が子が反抗期を迎えようが、どんな罪を犯そうが、生き別れになろうが、無条件の愛は変わらない。

    母親にとっても自分の命より大切な「あなたの代わりはいない」のだ。

  • 5.小さな英雄

    世界を救うには2種類の方法がある。

    1.マザーテレサやガンジーのように社会的リーダーとなって多数の世界を救うこと。

    2.目の前の人に手をさしのべて、その人の世界を救うこと。

    みんな1だけが世界を救うと信じているが、これがまちがいの根源だ。

    世界中の悲しみを救おうとして一歩も踏み出せず、目の前であなたの助けを必要としている人を見過ごしてしまう。

    マザーテレサやガンジーが動かした人々が、ひとりひとり目の前の人に手をさしのべて、その人の世界を救ってきたということを忘れてはならない。

    歴史に名をとどめない無数のメシア(救済者)たちこそが本当の英雄である。

    あなたはまず、あなたを救いなさい。

    そして80億分の1であなたの目の前に現れる人にせいいっぱいの愛情をそそぎなさい。

     

    6.Surrender

    自意識で肥大した現代社会に必要なのは「サレンダーな生き方」である。

    「サレンダー」とは、降参する、降伏する、抵抗しない、争わない、あらがわない、自然や運命に身をゆだねる生き方である。

    ブッダもキリストも老師もシャーマンもビートジェネレーションもヒッピーもサレンダーの実践者だ。

    オレたちは自分で運命をコントロールしてると思い込んでいるが、その背後には大いなる見えない力が働いている。

    見えない力を味方につける唯一の方法こそサレンダーな生き方なのである。

    自分の運命を100%信頼して、大いなる力に身をゆだねよう。

  • 7.In Lak'echi

    「インラケチ」はメキシコマヤ族のこんにちはのあいさつで、「あなたはわたし」、または「あなたはもうひとりのわたしです」という意味だ。

    マヤ族は現代人さえ追いつけないほどの高度な天文学的知識をもち、暦を体系化したピラミッドをメキシコやグアテマラなどに残している。

    神や宇宙という力の法則が人間や動物や植物や鉱物にまで浸透しており、すべてがつながっていることを知っていた。

    北海道や本州、四国や九州、沖縄までそれぞれの島は孤立しているように見えても、海の水をお風呂の栓を抜くようになくしてしまえばすべて陸続きである。

    人間もひとりひとりの個人と思っていても集合無意識でつながっている。

    さらに花も鳥も動物もオレはちはみんなでひとつの命を生きているのだ。

     

    8.犠牲者と勇者

    この世で起こることはすべて「現象」にしかすぎない。

    砂漠で倒れそうな人は太陽を呪い(犠牲者の視点)、凍死寸前の人は太陽を祝う(勇者の視点)。

    オレが5年前リンパ節7か所の胃ガンで余命宣告を受けた時病気を呪ったが(犠牲者の視点)、生還して命の傍観者から命の当事者に変わり、自分自身を大切にするようになり、同時に他者を大切にするようになり、作品に力が加わり、より多くの人を救えるようになり、なによりオレが生きる喜びを知ることができた(勇者の視点)。

    犠牲者のぬるま湯温泉は楽なのよ。

    ぜんぶ他人や運命のせいにしてしまえばいい。

    しかしそれでは他人の人生を生きて一生を終えてしまう。

    勇者は全世界は自分が創造していることに気づき、全責任を自分で引き受ける。

    そのかわり世界の喜びを全身で享受できる人のことだ。

    携帯電話の機種を乗り換えるように、そろそろあなたも犠牲者から勇者に乗り換えてみては?

  • 9.キミココ

    英語で「わたしはお金がない」を「I have no money」、

    「わたしは時間がない」を「I have no time」という。

    つまりあなたは「ないお金をもっている」、「ない時間をもっている」のだ。

    あなたの愛する人がここいないということは、「不在する愛する人がいる」、もしくは「目に見えない愛する人がいる」ということだ。

    「不在という存在」は「存在という存在」よりも大きい存在だ。

    あなたの愛する人は肉体を消すことによりより大きな自由を手に入れ、いつでもストーカーのようにいつでもどこでもあなたといっしょにいる「あなたの応援団」を選んだ。

    愛する人が死んで半年くらいは思いっきり悲しみをとおることも必要だが、あなたが後悔や罪悪感で一生を終えることは死者が一番望んでいないことだ。

    悲しみを十分味わいつくしたら応援団が本領を発揮っして、あなたを予想もできないネクストステージに連れていってくれる。

    あなたの愛する人はあなたの人生をより輝かせるために自らの人生を託したんだから。

     

    10.スイ ウヌカラ アンロ

    先住民は墓もいらないし、墓参りなんかしない。

    なぜなら自分は永遠の魂と知っているから。

    かつて葬式は祝祭だった。

    あなたの愛する人は永遠のソウルメイトとして何百回もいっしょに生まれ変わることを知っていたから、死者を「さよなら」でなく「また会いましょう」と送り出したのだ。

    死者は自分のアパートが老朽化して、あなたの心の部屋に引っ越した。

    同居人が泣いて暮らしていたらうんざりするだろう?

    同居人を喜ばせるには、あなたがやりたいことをやり、美味しいものを食べ、行きたいところへ旅し、会いたい人に会い、毎日を笑顔で暮らす。

    同居人が自らの命をなげうってまであなたの応援団にまわったのは、あなたに命の喜びを知ってほしいからだ。

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    11.Kah-shu-goon-yah

     

    やばい、前回のアルバム「GOD」で誰もが「Yes I am the GOD!」(私が神だ!)と新興宗教にかんちがいされそうな究極の言葉を言ってしまった。

    やっと最終的に言いたいことが音楽で言えたと思っていたら、まだ先があった。

    「宇宙が生まれるまえからあなたはここにいました

    宇宙が消え去ったあともあなたはここにいるでしょう」

    「えー、ポピュラーソングでここまでいっちゃうの!?」

    自分でもやばいと思いながらも、産んでしまったものはしょうがない。

    こんなやばい歌を歌ったらファンは「100万円の壺を買わされる」って逃げていくと思ったら、なぜか号泣者続出。

    えーーーーー、こんな抽象的で、形而上的で、哲学的で、泣く!?

    この歌で泣ける人はさらにあやしい。

    根源な自分の存在を「知る」というよりも、もともと知っていた自分を「思い出して」しまったんだろうな。

    このあやしいメッセージを歌に翻訳した作者でさえも、まだまだこの歌の深い意味は理解できない。

     

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    In Lak'echi

    2016年12月リリース。11曲。2500円。